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by 강대훈 Sep 25. 2023

アレクサンドリアのカフェで、大田の道を探そう

도시는 어떻게 브랜드가 되는가? 결어 

도시는 어떻게 브랜드가 되는가? 


終わりに- 

 

人生の師匠である父に感謝する。

私の都市学(?)は歴史探求と旅行が好きな父のものだ。散歩して、ドライブしても見たことのない建物、新しい道、工事をする団地が出てきたら、必ず一言ずつ言った。ああだこうだ! 長い間聞いていた父の懐かしい品評とちょっとうんざりした歴史講義が本書の見方となった。

 

アレクサンダーは馬を走る方向に道路を作った。軍団の宿営地は都市となった。そこに軍隊の兵站を供給する商工人と戦争で破産した無産者と奴隷、兵士と婚姻した現地人を定着させた。このように自分の遠征の道に70都市、アレクサンドリアを建設した。そのため、彼の東方遠征を「都市の行進」と呼ぶ。ギリシャと東洋の文化が融合して新しい文明、ヘレニズム文明は拡張の結果だ。今日の都市も拡張時代の産物であり、2400年前と本質は変わらない。単に戦争ではなく、資本と技術と文化で高め、拡大し、規模を拡大して世界と連結している。大田も世界へ、宇宙へ向かう大田の道(Daejeon Way)を探さなければならない。地球と宇宙空間に今の大田以外にもまた別の大田を作らなければならない。私はちょっと素敵な気分でこの本の仕上げをしたかった。そこでエジプト旅行の都市だったアレクサンドリア·ファロス灯台が見えるアラブ人カフェで書いておいたメモを探して読んだ。





 

今日、私たちは征服王アレクサンダーと彼の師匠であるアリストテレスさえも想像できなかった拡張の時代を生きている。人類の活動範囲は宇宙に広がっており、技術はすべてを結び、データは新しい資源となっている。この超連結超拡張の時代にも気候変動、地球温暖化を止める炭素中立は人類生存課題だ。このままエネルギーを過消費する生産構造、都市構造、消費構造を調整できなければ、人類は自らが燃えていく貪欲の自転を止められないだろう。そのため、都市の時代精神も変わりつつある。エネルギーをあまり使わない空間革新、資源の効用を高めるデジタル革新、地域資源を効率的に配置できるメガシティがそれである。

 

またカフェで水タバコを吸いながら考えてみる。古代から数え切れないほど明滅した都市の中で、文明を生み出し発展させて伝達した都市、戦争から通商を守った都市、宗教裁判に立ち向かって理性を導いた科学都市、戦争を反省した平和都市、人文の花を咲かせた文化芸術都市、新しい時代を開いた革命都市の共通点は何か。

 

危険な実験で時代をリードしてきた精神があった。世界に開かれた開放性、少数を認める多様性、ミスを容認する寛容、驚くべきことを構想する想像力と勇気、想像を現実に具現させる文化、社会的雰囲気、冒険資本があった。 それで「一流経済都市」を作るということは、このような精神を込める社会的、文化的基盤がなければならないということをいう。人類が産業経済からデジタル経済へ、地球から宇宙時代へ大転換する時代に、産業時代の発展モデル、石化された認識、閉ざされた行政というボックスから出なければならない。

 

私は大田市民選6期、傘下公企業の理事として市政の小さな部分に参加した。民選7期の委員会活動を行った。市民の選択だった県民選8期の成功を祈っている。市政の成功は市民の勝利であり、市民である私がこの都市の主人だからだ。誰でもうまくやれば私の心を持っていくだろう。広域単位の地方自治体は、自分を都市国家と考えるべきである。そのため、中央政治に陥没してはならない。中央で地方政治の比重は少ない。行政、司法、 立法だけでなく、韓国経済を動かすコスピ(KOSPI)上場企業921社のトップと役員、その一家も地方にあまり関心がない。そのため、その都市の発展と衰退は、完全に市民にかかっている。市民は都市の株主であり、選挙は株主総会と同じだ。株主総会で選出された執行部は必ず都市を発展させなければならない。誰でも執行部が熱心にして正しく行けば力を与え、ずさんな経営をすれば次の選挙で審判しなければならない。権力は政治を手段に獲得するが、市民は陣営と党の偏見から明るい目を持たなければならない。何より今、大田市が大転換の時代を逃さないようにしなければならない。それでは、大田市はどのような精神と文化、生産様式で時代をリードするのだろうか。

 


 



写真/(アレクサンドリア、都市文明を開いた古代都市に滞在できるということだけでも素敵な気分になった。東洋では征服戦争以外にも古代の都城設計である「周礼考工記」を基準に建設した都市が洛陽と長安から漢城と泗沘、ソラボルとフエ(HUE)まで数百ヶ所を越えるだろう。中世ヨーロッパの都市と産業革命以後の都市も時代別類似性がある。近現代に来ては経済だけでなく、ニューヨークやパリ、ベルリンのようにライフスタイルを創造する都市が世界都市の思潮を導いた。最近はシンガポール、上海浦洞、ドバイ、アブダビ、ネオムシティまで先端新都市が未来をめぐって競合している。大田は発展モデルを何にするのか。短くなかった時間、生態尊重と想像、ソフトパワーで都市創造をした事例を見てみた。写真の中、自転車に乗って微笑む子供の後ろに見えるのが古代ファロス灯台のあったカイトベイ要塞だ。科学都市大田が新しい文明の灯台になることを願って大田の道、大田型都市モデルを探そうとする旅程を終える)

 

 

これまで連載した文を読んで無条件に褒めてくれた母、興奮しながら大田の話を吐き出した妹、コメントで応援してくれた学校の同窓たち、釜山から嫁いで大田市民になった妻の落ち着いた論評と市議会と国会の皆さんの激励がこの原稿を仕上げるようにしてくれた。出版を決めた月刊トマトと貴重な紙面で連載を許してくださったディートニュース24、グッドモーニング忠清、月刊清風に感謝する。

 

強烈な大田愛を教えてくれたのは大田演劇の元老であるチェ·ムンフィ先生だ。90歳を過ぎた先生、ご無沙汰しております。50年余り前、チェ先生は城南小学校に来て演劇指導をした。5年生の時かな? チェ先生は子供たちに放課後練習をさせると、先輩たちと一緒に城南洞から仁洞にあるエリザベス劇団まで1時間以上、それも夏の日に歩いて行った。今日なら車に乗せただろうが、その当時車もなく、学生たちのバス代までは余裕がなかったようだ。1963年、チェ·ムンフィ先生は文化不毛の地である大田に「エリザベス劇会」を創立した。初めてお目にかかった時は、気が短く若々しい30代だった。私は恐れながらも、その後何度かお会いする機会があった。先生は膨大な資料と本の山の中にいた。大田市郷土文化研究会長であり忠清南道郷土文化研究所長として40年間、大田と忠清の歴史を盛り込んだ60編余りの郷土史を出版した。ある日「私は自分の目を汚れるのではないかと思って大田外旅行はしない」とおっしゃった。あ!恋はこうするんだ。

 

国内、海外出張で外で暮らしていた私に3年間の新型コロナウイルス感染症事態は苦痛と祝福を与えた。通商をベースにする事業が途絶えたから一気に収入も落ちた。お金があってこそ解決する絶対的な問題と苦しい苦痛が続く日常が始まった。経済学者グレシャムの表現を借りると、「悪貨は良貨を駆逐する」

 

コロナで大衆の不安心理は増幅した。政府は集合禁止命令を出した。秋夕(チュソク、陰暦8月15日の節句)の祭祀さえ行わないように。当然、大田の外に出るのも楽ではなかった。できることは私が住んでいる都市を調べることだった。住んでいるマンションから河川沿いに一周、子供の頃村から母校まで歩き回りながら一周、会社から始めて.... このように町と路地を歩くと、これまで何気なく通り過ぎたものが目立ち、人が暮らす姿が再び見えた。夕方には会社に戻って数年間色々なメディアに寄稿した「都市戦略とマーケティング」に関するコラム、ネイバーブログである「カン·デフンのマーケティングダイアリー」に記述した文を集めてみた。1000編余りを越えるものに目次を作ってまとめたが、それは生計を立てなければならない時間を怪物のように食べる作業だった。大田日報記者を務めたソン·インドク先輩は、「姜代表、いい天気ですね。次の原稿を送ってください。 ペンソング」というふうに原稿を催促して整えてくださった。月刊トマトのイ·ヨンウォン代表とファン·フンジュ編集者も約束した原稿が半年が過ぎても待ってくれた。どうも。

 

韓国公共政策評価協会のパク·ビョンシク会長は激励を惜しまなかった。区庁長と第18代国会議員を務めた都市共感研究所のキム·チャンス所長のマッコリ座談テーマは大部分「大田発展」だった。ジャーナリストであり、世宗市政務副市長を務めた茶山学堂と都市共感研究所のビョン·ピョンソプ顧問はグループチャットに載せた文さえも意見を与え励ましてくれた。大先輩の褒め言葉は過分だったが、キーボードを踊らせた。大田学研究会を率いるキム·テミョン教授の「大田正しく知る市民スクール」に入門したのは遅れたが幸いだった。新型コロナウイルス感染症の真っ最中だった2020年5月から2ヶ月間、毎週水曜日に韓南大学の校庭に登校して優しい教授の授業を受けた。韓国電子通信研究院を中心に243回セミナーをリードしてきた「新しい洞察を考える人々」の多くの博士に「都市として大田」に対する考えを伝えることができて光栄だった。この他にも講義を通じて若い公職者に会わせてくれた大田市人材開発院と施策研究を担当する大田世宗研究院にも感謝する。

 

あるインターネット新聞の担当局長は、「私の書き込みの再生回数が8000から1万を超えることもある」と祝ったが、いざ熱い反応を示したのは首都圏だった。不動産事業者と不動産学科の教授が大田、世宗、忠清圏の不動産展望を問うものだった。ある人は特定の地区を指差し、それを買ってもいいかどうかを尋ねた。しかし、時によって騰落する天氣をどう語るだろうか。ただ孟子が言った「天時は地利ほどではない」と風水地理で言及する「人傑は地霊だ」という言葉を断片として引用するのは、地利さえ人和ほどではないといった言葉を覚えようということであり、地霊もやはり人が役事に変えられるということを言いたかった。




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