2010年、私教育の割合がその程度だから、2019年ベトナム大都市での私教育の割合は90%を超えるものと予想される。 それだけでなく、夜遅くまで勉強する子どもたちを待つ父兄の姿を学校や塾の周辺ではいつも目にすることができる。 ベトナムでも名門高校と名門大学に入ろうとする入試熱気が熱い。 それで韓国に劣らず大都市のあちこちに英語学院と数学学院が多い。
ベトナムは韓国、日本の教育熱に劣らない熱い教育熱を持っている国だ。 2010年に教育科学社が発刊した『私教育:現状と対応』という本によると、ベトナムの中学生76.7%が私教育を受けているという。 これに比べ、韓国の中学生の77%、日本の中学生の75.7%が私教育を受けている。 単純に東アジアの貧しい国と考えていたベトナムに対する固定観念を破る高い私教育の割合に驚く。実はベトナムのあちこち路地を歩き回る 昼は小さな店だったが、夜は勉強部屋に変わった姿をよく見ることができる。
2010年、私教育の割合がその程度だから、2019年ベトナム大都市での私教育の割合は90%を超えるものと予想される。 それだけでなく、夜遅くまで勉強する子どもたちを待つ父兄の姿を学校や塾の周辺ではいつも目にすることができる。 ベトナムでも名門高校と名門大学に入ろうとする入試熱気が熱い。 それで韓国に劣らず大都市のあちこちに英語学院と数学学院が多い。
しかし、いくら人口が多く資源が多くても、学ぼうとする熱望のない国民が大多数なら、その国は発展が難しい。 東南アジアの少なくない国の高校の授業時間が1日に4~6時間に満たない場合が多い。 これは単純に国家予算の問題として片づけがたい。 ベトナムと国内総生産(GDP)がほぼ同じか、大きな国であるにもかかわらず、学校の授業に投資していないためだ。 これは教育に対する国民の関心と見るほかない。
1989年、筆者の小学校での社会での時間が思い出される。 東南アジア編を学ぶ部分で社会の先生がそうだった。 「フィリピンとインドネシアは石油、ガスのような天然資源が豊富で人口が多く潜在力が大きい国として近い将来大きく発展するだろう」と。しかし30年以上経った今もフィリピンとインドネシアは依然として成長余力があり潜在力だけが大きい国だ。 ベトナムで工場をしたり駐在員としてベトナム人と一緒に仕事をする人々が皆共通している話がある。
「ベトナム人たちに何か新しいことを教えればすぐに学んで自ら新しい方式や改善された方式を作り出す」特に工場を運営する方たちの大部分は中国やインドネシアで工場を運営していた方たちなので、他の国の人たちの一般的な勤務態度と習得能力を比較するのが相対的に客観的だと言える。
筆者もベトナムの職員を見ると、本当に速く学び、ガイドラインさえきちんと提示すれば、立派に仕事をこなすのを見て感嘆するのは一度や二度ではない。 韓国で当然のことが、ベトナムではそうでない時はもどかしい。 しかし、ベトナム人たちが経験したことのない方式だから習得できず、しっかり教えてあげればすぐに真似する。 サムスン電子が世界最大規模のスマートフォン生産基地としてベトナムを選定したのは、このようなスピーディーな学習能力と細かい手技のおかげで、である。
韓国、中国、日本の共通点は、漢字と儒教文化圏地域であり、人々が学ぶことを第一とし、社会的に認められて出世し、社会に名を馳せる立身揚名が社会の根幹であるという点である。 世界経済の絶対的な軸である北東アジア三国の繁栄は、まさに学ぶことに対する熱望のためだった。 ところが私たちが口癖のように言う「韓中日北東アジア三国」という表現を「韓ベ中日北東アジア史国」と変えて呼ぶべきだ。 ベトナムは地理的に東南アジア諸国だが、文化的に漢字文化圏であり儒教文化圏である北東アジア国家だからだ。 ベトナム仏教も小乗仏教を信じる隣国カンボジア、タイ、ラオスとは違い、韓国、中国のような大乗仏教である。 このため、人々の感情が韓国とあまりにも似ている。
ヨーロッパ、オーストラリア、北米に発ったベトナム移民者の姿から、未来のベトナムの姿を予測できるが、韓国人とあまりにも似ている。 移民した西欧諸国で齷齪と生活しながら自分だけのコミュニティを形成し、移民社会で成功したアジア系民族は韓国人、中国人、そしてベトナム人である。 米国や欧州で少数民族のうち名門大学への進学率や成功した政治家を輩出したケースを見ると、大半が韓国、中国、ベトナムの移民者だ。 この3つの民族の共通点は、厳しい生活をしながらも子どもの教育は絶対に諦めないということだ。 戦争中にテントを張って学校を運営していた韓国人の姿と、米軍の爆撃と捜索を避けて地下の深いところに洞窟を掘って暮らしながらも、子どもたちに教えを忘れなかったベトナム人の姿がオーバーラップすれば、ベトナムがこれからどのように発展するか推測できる。
教育熱についてのホーチミン主席の有名なエピソードもある。 ベトナムと米国が戦争中だった当時、ホーチミン主席は旧ソ連、チェコ、ポーランド、北朝鮮などに人材を留学させ始めた。 当時、選抜された留学生たちは祖国に残って戦うため、留学に行くことを拒否した。 しかし、ホーチミン主席は断言した。
「銃を持って戦うことだけが戦争ではない。 戦争が終わった後、あなたたちはこの国を再建すべき人々だ。 これから君たちの銃は本だ。 たくさんのことを学んで戻り、この国を助けなければならない」。
戦争中にも祖国の未来を準備する国家指導者の見識は実に立派だ。 その立派な識見の根底は新しいことを学び、これを適用させて発展していく「教育」だった。 このように絶えず学び、新しいことを受け入れて適用し、改善していくことを国家構成員皆が当然のことと考える国だ。 さて、韓国と似ている国だ。 優秀な人的資源で国の発展を成し遂げた韓国の道を歩んでいる国がベトナムである。 ベトナム民族の高い教育熱が、なぜベトナム市長なのかに対する最初の答えである。