報道資料
東京因縁
単行本: 192ページ
出版社: ヘルツナイン
著者:イ·ウン・ジュ
ISBN: 979-11-86963-50-0
発売日: 2022/01/25
値段 :13,800ウォン
東京·落合の見慣れない路地4条半の畳部屋、
夜が更けると雨戸を開けておいたある窓から
黄色い光に沿って星が一つ流れ出る。
[著者プロフィール]
エッセイスト、日本文学翻訳家、療養保護士。翻訳家になるため20代から夢を育み、日本大学芸術学部文芸学科を卒業した。『宮崎駿を読む』を翻訳して夢をかなえた。 以後文学が人生のすべてだと思って生きた。4年間、学習誌教師をしながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』がヨルリンチェクトゥル(The Open Books Co.)から出た時は日本大学芸術学部の入学時にした自分との約束を守った気がした。数多くの職を転々とした。生活のために2ジョブ、3ジョブをしたが、文学に対する渇望だけは消えなかった。藤谷治の『船に乗れ』3巻を仁川国際空港の免税店に勤めながら翻訳し、「必ずしも文芸誌にデビューしなくても文章を書けばいい」と思った。 甥や姪を育てながら我を忘れて生きている間に亡くなった祖母のことが思い出した。療養保護士の資格を取得した後、祖母を哀悼する時間があった。 その間、ケアと分かち合いについて深く探求することが文学ではないかという考えに至った。翻訳家からエッセイストへの変化を夢見て、三冊のエッセイを執筆した。 療養保護士をしながら経験したことを話した『私は神々の療養保護士です』(ヘルツナイン、2019)、そしてADHDである甥のチョンミョンと世の中のすべての弱くて寂しい人々を慰める『こんなに泣いて疲れたでしょう』(ヘルツナイン、2021)に続き20代留学時代に会った縁と文学に向けた奮闘を書いた『東京因縁』を出版することになった。訳した本は『宮崎駿を読む』、『友がみな私よりえらく見える日は』、『I'm sorry, mama』、『恋するたなだ君』、『ドラッグストア トリッパー!』、『ウラ読みドストエフスキー』、『船に乗れ』などがある。
[目次]
1部 清水先生
「君はできる」と言ってくれたたった一人
いつそんなに日本語がうまくなった?
清水先生の第一印象
人生はつまらない冗談のようだった
清水先生とキムヨンドン
友がみな我よりえらく見える日は
第2部 古本屋の柴田さん
扇風機は静かに回り犬一匹が何気なく居眠りしている古本屋で
ドストエフスキーと「紅茶」という詩
踏み切りのとなりにある居酒屋のオバサン
古本屋のおじさんは短編映画に出ることにした
雨の中の訪問
韓国語の学生の深い取引。
落合の部屋
哀悼できる十分な時間
妙な二人組のウィスキキーピング
最後の記憶
3部 フリースクールの井上先生
私の気持がどうなのか聞いてくれる学校で会った人たち
私が生きる間にやることがある
休ませる学校、生き返る学校
授業料は本一冊
切り紙の授業
井上先生の秋とマダム·ビオラ
フリースクールと親の会
井上先生と韓国旅行
スノーマンのご飯粒
マラソンの慰め
李さんは本当に大学生みたい。
第4部 私の恋愛小説
愛と友情の間に本を読んでくれる男
大丈夫、タイのトムのプロポーズはトラック2台とバナナビーチ
私服警察 おくださん
やぶ久
本を読んでくれる男
深夜のプロポーズ
森の家
詩人のお姉さん
保谷の寮
語学院での6ヶ月、昼と夜
書道
夜明けの散歩で得た映画の話
第5部 落合郵便局のマリーさん。
李さんはアンとナナの姉, 李さんは私の娘です。
キャンプ地から第2の故郷へ
友よ、朝はまだ遠い。
写真家の謝罪
日本人とは恋愛してはいけない
私の名前はマリです。
多様な世代との友情
勇気をはかる木
[内容]
1部 清水先生「君はできる」と言ってくれたたった一人
文学に対する作家の留学時代の奮闘記だ。 そこには強烈に第一印象を与えてくれた指導教授の清水先生がいる。 入学面接当時、鋭い質問と厳しい注文で心を開くことが難しかったが、彼の学問に対する真正性を発見し、一生師匠として仕える縁を結ぶことになる。 この縁は留学を終えて韓国に帰国した後も続き、文学への情熱の土台となる。
2部 古本屋柴田さん扇風機は静かに回り犬一匹が何気なく居眠りしている古本屋で
偶然の出会いに続く軽い挨拶、そしてドストエフスキー全集が繋いだ縁だ。 本を愛する作家にとって、古本屋は幻想的な憩いの場だ。 古い扇風機が動き回り、犬一匹が居眠りしている本屋の風景がのどかに美しい。 小心者で無心な本屋の主人と作家は胸いっぱいに深い縁をつくる。
3部 フリースクールの井上先生
私の気持がどうなのか聞いてくれる学校で会った人たち
ハングルを教えていた井上先生との縁だ。 井上先生は学校に適応できない学生たちのためのフリースクールを運営するが、作家は彼との遭遇を通じて自由で豊かな心を学びたいと思うようになる。
第4部 私の恋愛小説
愛と友情の間に本を読んでくれる男
レストランでアルバイトをしていて出会った人の話だ。無心に聞き流すこともできる時代に、互いのきらめきを発見する人が存在するということは奇跡のようなことだ。一方、5歳年下の日本人ボーイフレンドとの出会いと別れを通じて、文化と性格の違いが縁にどのように影響を及ぼすかを落ち着いて見せてくれる。
第5部 落合郵便局のマリーさん。
李さんはアンとナナの姉, 李さんは私の娘です。
真実性で出会った縁は限りなく私たちの生を通過する。村の郵便局で働くマリーさんと幼い2人の娘との縁は長女のアンの結婚式にまでつながる。見知らぬ異邦人を家族のように接する優しい隣人の温もりが感じられる。
[東京因縁について]
我々は時間が経ってからその意味を悟る。その時代、そこにいたその縁はただ思い出の一端として消耗されるのではなく、今の私を完成させてくれるパズルの最後の一片になったりする。日本文学翻訳家でエッセイストのイ·ウンジュは『私は神々の療養保護士』です』と『こんなに泣いて疲れたでしょう』に続く3番目のエッセイ『東京因縁』で人生の大きな川を渡る勇気を与えた若き日の1ページを開いて見せてくれる。その中には文学があり、情熱と友情があり、思いやりと愛が、人々がいた。
イ・ウンジュの青春のキーワードは文学と日本だった。豊かでない暮らしにも屈せず、挑戦精神で日本に留学する。東京の落合4条半の畳部屋を住処にし、日本大学芸術学部文芸学科で文学家の夢を育てる。しかし貧しい留学生を待っているのはきりのない「自分との戦い」だった。 不慣れな言語、不慣れな環境、不慣れな人…。 手当たり次第に始めたアルバイトを終えて帰ると、空き部屋の寂しさに耐えなければならなかった。 イ・ウンジュの20代は、才能への懐疑、韓国にいる家族に降りかかった経済的困難まで加わり、青春の耐えられない軽さの代わりに、地球の重さに耐えなければならなかった。
このような青春の一時代を乗り越えるために力を与えた救援の手は、文学の力と縁の慰めになる。私たちに日本人は、心を開いて心を分かち合えない人たちだという偏見がある。しかし、他人に近づくやり方は個人によって異なるものであり、彼らもやはり我々のような温もりを持った人々だった。
青春に対する哀悼日記であり青春頌歌でもある『東京因縁』は漠然とした偏見に塞がれた日本人に対する心を文学の名で超える姿を見せる一方、華やかではなく淡々としているが、状況と感情線に対する的確な文章で星のように輝く縁の瞬間を表現している。
雨戸を閉めて掛からない、
ある詩的話者の明かりの消えない窓
東京の町はずれの落合の4条半の畳部屋、雨戸が閉まらない詩的話者の輝いた窓のように、この本のどのページも容易には覆われず、私の心が点滅します。「読む間ずっと作家のように簡易洗面台兼簡易台所で髪を洗います。 皿洗いをして硬い木のベッドに横になり、清水先生の授業開始を知らせる電話の録音を聞いて、すっくと起き上がって飛び出しました。古本屋のおじさんになって一緒に問屋に行って居酒屋のおばさんに会います。 それから清水先生の心で李さんを見つめ、古本屋のおじさんになって、雨の夕方4条半の畳部屋の前で、ためらう心で李さんの扉をたたきます。『東京因縁』の李さんは私の心の星にもなってくれました。一人の生涯がこんなに文学的だろうか。個人の叙事に込められた力·知恵·意味·価値に感動して学びます。 この物語を読む誰でも4条半の畳部屋の前で迷いながら李さんの部屋の扉を叩くその気持ちに気づくことでしょう。
アン·ウンヒ_書評家
人間は神秘です。
李さんは一九九三年、日本大学芸術学部の私の担当する講座で受講生として初めて出会った。当時、宮沢賢治の童話を多く扱っていたが、授業への態度から、大変な熱意を持った学生であった。二〇〇四年、私は一ヶ月ほど韓国に留学することになった。留学している間、すべてにわたって李さんのお世話になった。李さんはわたしの『宮崎駿を読む』と『ウラ読みドストエフスキー』の二著を韓国語訳している。ドストエフスキーは一八歳の時に兄ミハイル宛の手紙で「人間は神秘です。それは解き当てなければならないものです。もし生涯それを解きつづけたなら、時を空費したとはいえません」と書いている。ドストエフスキーと同様、人間の〈神秘〉と取り組みつづけている李さんの文学への熱情が彼女を星にするだろう。
- 清水正_文学評論家