第9章 死の陰の谷

闇をくぐり、光へと歩む

by 박시룡

死の陰の谷


9-1 The uncanny valley of death (2022).jpg 図9-1:クリスチャンが通った「死の陰の谷」

――この道は、本当に私が行くべき道なのだろうか。

荒野のような世界を歩きながら、そんな問いが胸の底から湧き上がった。
信仰の火がかすかになり、疑いの影が心を揺らすとき、
私は詩篇記者の言葉を思い出した。

「たとえ死の陰の谷を歩むとも、
わたしは災いを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。」(詩篇23:4)

その言葉は一本の光となって、
内なる闇を押しのけた。

そのとき、遠くにひとりの人の背中が見えた。
――それは信実(Faithful)であった。


再び出会った巡礼の友

「信実の兄弟よ、こうしてまた会えるとは、なんと感謝なことでしょう。」

二人は並んで歩きはじめた。
互いの傷を語り、互いの信仰を励まし合いながら。
“死の谷”は、いつしか神の臨在を体験する場所へと変わっていった。


淫らな誘惑と御言葉の盾

信実はこう告白した。

「道の途中で一人の女に出会いました。名を“淫ら(Wanton)”と申します。
その誘惑は香り高く、甘美でした。
しかし、ひとつの御言葉が私を守ってくれたのです。」

「その女の足はよみへ下り、
その歩みは死の家へと進む。」(箴言5:5)

誘惑は誰にでも訪れる。
だが、御言葉を胸に刻む者だけが、その刃を避けることができる。


悔い改めの記憶

私もまた、かつて“淫ら”の影の下で揺れた者だった。
若き日のある夜、肉の誘惑の前で心が倒れかけた。

――だが、ヨセフがポティファルの妻から逃れたように、
私は震える足でその場を離れた。

「どうしてこの大きな悪を行い、神に罪を犯すことができようか。」(創世記39:9)

その夜以来、私は悔い改めた。
心に淫念を抱くことも罪であるという御言葉の前に膝をつき、
二度とその道を歩まぬと誓った。

その火のような悔い改めは、魂の灰を焼き尽くし、
その跡に新しい命と恵みの香りが立ちのぼった。

9-2Wanton(2014).jpg 図9-2:巡礼者を誘惑する“淫ら”の女

コウノトリとともに歩む、もう一つの谷

定年のあと、もう一つの“死の谷”へ

職を終え、人生の空白の谷に足を踏み入れたとき、
私はそれがもう一つの「死の陰の谷」であることを知らなかった。

礼山邑の小さな部屋、静かなアトリエ、
そして毎日のように通ったコウノトリの村。

神は私にコウノトリを託されたが、
ある日、その務めを取り去られた。

「主よ、なぜこのことをお許しになったのですか?」

主は沈黙された。
しかしその沈黙の中で、私は学んだ。
使命さえも自分のものではなく、
すべては主のものであることを。

9-3 The Prayerful Man (2018).jpg 図9-3:祈る巡礼者

その後、私は花瓶の前に座って祈った。
一日の終わりごとに積み重ねた小さな祈りは、
やがて主へと向かう夕焼けとなった。


おしゃべり男との出会い

9-4 Faithful, Christian, and Talkative (2022).jpg 図9-4:信実、クリスチャン、そして“おしゃべり男”

道の途中で、一人の男に出会った。名を“おしゃべり”という。
彼は聖書をそらんじ、信仰を言葉で誇っていた。

信実が尋ねた。
「神の恵みは、あなたの生活を実際にどう変えたのですか?」

彼は答えた。
「恵みとは、罪を悪いと言わせることですよ。」

信実は静かに言った。
「恵みとは、罪を憎み、そこから離れさせる力です。」

男の顔は真っ赤に染まり、
やがて「自分の考えと違う、私は自分の道を行く!」と言い残し、
姿を消した。

彼は知識を持ちながら知恵を失った人、
罪を責めながらも罪を楽しむ人、
唇では神を語りながら、心には神を持たぬ人であった。


コウノトリを売った“おしゃべり”

私はその男を見て、現実の“おしゃべり”を思い出した。
コウノトリ復元プロジェクトを共にしていた後任の研究者。

彼女は、私が築いた働きを自分の功績に変え、
コウノトリの所有権を取り引きして名誉と賞を得た。

だが、私はその出来事を通して悟った。
神は人間の名誉よりも、
真実な従順を喜ばれることを。

「神の働きは自慢の道具ではなく、
涙で仕える使命の場である。」


ユダの口づけ

9-5 The Kiss of Judas Iscariot (2021).jpg 図9-5:イスカリオテのユダの口づけ

深い絶望の中で、私はユダを思い出した。
彼もまた、神の計画の中で用いられた器だった。

そして私は悟った。
「そのユダは、私と無関係ではない。」

私もまた、失望の中で主を誤解し、
不条理の中で主を恨んだ時があったからだ。


巡礼者の新しい告白

いま、私は知っている。
人生の大部分は自分が主導するのではなく、
神が許された“受け身の旅路”であることを。

だから無理に変えようとせず、
その中で主の御心を求める――それが信仰の道だ。

「私はもう戦わない。
私にできることは、この巡礼の道を歩むことだけ。
その一歩さえも、主が許されるときにのみ可能なのだ。」

いま、私は再び歩き出す。
コウノトリが飛んだ空の下で、
輝くシオンの都を目指して。

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